海外「戦後日本人の家庭生活がどのように変わったか分かる」1960年代の日本の一般家庭を紹介した動画が話題に(海外の反応)

1960年代の日本の一般家庭を紹介する動画が話題になっていました。

約60年前の日本を見ると、町の様子や人々の服装以上に、家庭生活や家族の役割が激しく様変わりしたことに気づきます。

いっしょに食事の支度をする母と娘、帰宅した父親を出迎える一家、家族全員で囲む食卓、今ではあまり見られなくなった風景など。微笑ましくもどこか違う国の様子を見ているような、不思議な気分にさせられる動画です。

当時の日本人の穏やかな暮らしぶりに、海外から「すでに炊飯器があったんだね」「食事のしかたが好き」など多くの声が寄せられています。


おすすめ記事

海外の反応

名無しさん@海外の反応
戦後日本人の家庭生活がどのように変わったかを紹介する、アメリカの教育映画だ。この動画に京都の文化財がまったく出てこないことに驚いたよ。

名無しさん@海外の反応
この家族は裕福だったんだろうな。

名無しさん@海外の反応
食事の仕方が好き。😊

名無しさん@海外の反応
僕は1956年生まれだけど、13,000円と言えば、当時の1ヶ月分の給料だった。現在で言えば、1,300ドル(※約140,000円)くらいかな。ともかく動画は楽しかったよ。当時、日本ですごした子供時代を思い出した。大きな門や、小径や、きれいに刈り込まれた樹木のある家から判断すると、この家族は資産家だったんだな。

名無しさん@海外の反応
それ、俺の給料だよ。

名無しさん@海外の反応
為替レートによると、1961年当時、13,000円はほんの36ドルほどだったらしい。現在のインフレを考えると、その13,000円の価値は116ドル程度だな。

名無しさん@海外の反応
それに統計によれば、1961年の日本人の平均年収は約300,000円だったそうよ。他の日本人家族に比べると、この家族は高級品や父親の地位もあって、かなりのお金持ちだったようね。だから、収入も支出も大きかったんだと思うわ。

名無しさん@海外の反応
大丸で買い物してるしね。安い店じゃないよ。



名無しさん@海外の反応
日本の歴史動画大好きだ。どうもありがとう。

名無しさん@海外の反応
今でもそうだけど、日本の礼儀正しさや顧客サービスは、見るからにすばらしい。アメリカの従業員も、同じくらい顧客志向だったらいいのにと思う。

名無しさん@海外の反応
僕は日本人だけど、ばあちゃんが、これは日本のお金持ちのライフスタイルだと言ってた。

名無しさん@海外の反応
エピソード2が待ちきれない。キミコがちゃんと大学に入ったのかどうか見たい。エピソード2まだ?

名無しさん@海外の反応
ほかの国の生活を紹介するドキュメンタリーの多くは、大抵お金持ちかすごく貧乏な人たちの、どちらかを紹介している。中流階級の人の生活はめったに見ないね。

名無しさん@海外の反応
当時の楽天的な消費者主義ときたら。

名無しさん@海外の反応
この動画に記録されている京都の電車はもうそこには存在しない。1977年に広島電鉄に売却されたよ。

名無しさん@海外の反応
わお、60年代にはすでに炊飯器があったんだね😀😮。

名無しさん@海外の反応
冒頭の場面によると、中村氏は、オムロンに勤務してたようだな。京都の文化財がまったく紹介されてない件について、ほら、マンハッタンのオフィスで働く人たちは、毎日自由の女神を見に行ったりしないだろ!彼らの生活の一コマじゃないんだよ。制作者が文化財を紹介しなかったこと、俺は驚かないね。

名無しさん@海外の反応
ジャケット一着に13,000円?うわそれ、1960年代ではかなり高価だよね?

名無しさん@海外の反応
すごくきれいで穏やかな動画だね。娘がすごくかわいい。

名無しさん@海外の反応
文化…、文化…。フィリピンの家庭で厳しく育てられた俺が、もし日本人で、あんな風に食べてたとしたら?「なにをそんなに急いでるんだい、この食いしん坊が!」っている母親に頭を殴られてるよ!😅

名無しさん@海外の反応
ティーンエイジャーがまだ親を尊敬し、期待される通りに行動してた頃。

名無しさん@海外の反応
「京都の文化財がまったく紹介されてない」って、それは、それがこの動画のテーマじゃないからだよ。だけど、実際は、そのコメントは真実でもない。1:25に出てるのは、清水寺の正門みたいだよ。

名無しさん@海外の反応
ロシアからだけど。アメリカで1960年代の日本の日常生活を紹介することに、何の意味があったんだ?

7 件のコメント

  • 父 スマホ見ながら食い
    母 テレビ見ながら食い
    姉 スマホ見ながら食い
    弟 スマホ見ながら食い

  • 昭和36年当時は固定相場で、一ドルが360円、百ドル札一枚で3万6千円、百万ドルが3億6千万円
    金持ち(ミリオネヤ)のことを「百万長者」と呼んだ
    だから、今の相場で換算して比較しようとすると、おかしくなる

  • 1950年代後半に聾唖学校の教師を定年退職した時の祖母の退職金が5000円
    同僚に勧められて坪50円だった聾唖学校近くの農地を買って細々と家庭菜園をやってたら1980年代には近くを電車が通り坪100万円を超えてたそうだ。

  • 言うほど裕福そうな家には見えないけどな。
    部屋狭いし、コタツ小さいし、家具や襖も知ってるのと大分違う。
    中流の家庭じゃないの?

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。